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西国四十九薬師霊場 第二十五番 達身寺

達身寺① 達身寺② 達身寺③ 達身寺④

茅葺き屋根の本堂が珍しい達身寺。
ご住職のお話では、材料の茅が段々と手に入らなくなり、職人さんも少なくなって、維持が大変だとおっしゃっていました。

寺務所に通され、ご住職の案内で本堂、宝物館などを観せていただきました。
宝物館には国の重要文化財12体を含む80体以上の木造古仏が安置され丹波の正倉院と呼ばれているそうです。

戦国時代には僧兵を抱え山岳仏教の教権を張るような大寺院であったと言われている達身寺。織田信長が丹波平定を行った際、家臣である明智光秀が丹波の地を攻め、篠山城や保月城などが攻められました。当時、達身寺は保月城に加勢をしていたと言われており、そのことで保月城よりも早く寺院が焼かれてしまったそうです。僧侶たちは寺院を焼かれる前に、仏像を近くの谷へ運び出したのですが、そのまま長い年月置き去りにされてしまうことになったと伝えられています。

長い年月が過ぎ、村に疫病が流行り、多くの人々が亡くなりました。その原因を村人が占い師に占ってもらったところ、「三宝を犯した仏罰である。」と言われ、村人たちは、山に登り放置されたままであった仏像を集め、破損していた達身堂を現在の地に移し修繕して仏像を安置し奉ったそうです。

達身寺⑤

本堂には比較的小さな仏像が沢山祀られています。長い年月の間、放置されていたせいか、傷みが激しいと思われるものも多いのですが、これだけの数の仏像が祀られていることが珍しく、本来お寺には一体祀られているはずの仏像が複数体祀られていたり、ご住職の話では、昔、仏師の工房であったという説もあるとお話されていました。
また、仏像のお腹ぽっこりの「達身寺式仏像」は、みどころのひとつです。

仏像のお顔を観るときは、比較的小さな仏像は近くに寄って、また、大きな仏像は少し離れて拝見すると、いいお顔に見えると言われ、そうしてみると、確かにそのとおりだと感じました。

丁寧な案内で達身寺の由来など、お聞かせいただきました。達身寺には古文書などが殆ど残っておらず、言い伝えや仏像に刻まれた仏師の名前などから、「おそらく、こうだったのだろう。」という謎多きお寺だということがわかりました。

寺務所で御朱印をいただきました。

達身寺御朱印

雑談も含め、親切、丁寧にお話いただきありがとうございました。
気持ちいいお参りになりました。

所持地:兵庫県丹波市氷上町清住259
拝観時間:9:00~16:00
駐車場:あり(有料)




昼食は少し足を伸ばして「出石そば」を食べに行きました。
うかがったのは「左京」さん

出石そば左京① 出石そば左京②

「どれくらい食べれるんやろか・・・とりあえず、一人前。」(写真は2人前です。)
そばつゆ、薬味を入れて、生卵を入れて味変化させながら、20皿を完食!さらそばの証を頂きました。5つ集めると1年間無料になるそば通の証がいただけるそうです。

そばはコシがあってのどごしもよく、つゆも甘くなく好みの味でした。
20皿は楽勝♪かな(^O^)v

出石そば左京③

ごちそうさまでした。またきます!

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